バグダッド日誌 (2006年7月17日)

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別紙第1

「 RSU差動状況 ( 7月17日 )

30 %

Term ,

群離脱第5波のアリアルサレム基地での出迎え

本日で終了したナビスタ通過支援

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では 、

大使公邸夕食会

キャンプバージニアにおける報道対応

バグダッド 日 誌 ( 7月17日 )

[ 01 / 600 ~ ~ 海の日に寄せて ~ ~ ・ 「 今次派遣に際し 、 海上自衛官だからと多くの方に心配していただいた 。 確かに陸軍キャンプでの生活は初めであっ たが 、 これでも自衛官の端くれ 、 さほど苦になるものではなかった 。 ただ 、 言葉については日本語の知識不足が影響 し 、 終始苦労した 。 連隊 、 大隊 、 といわれても相場観がない 。 そのためRegimentげだBattalionだと言われてもイメージ | がわかず 、 なかなか覚えられないのである 。 地方隊や航空群について陸自隊員がイメージし辛いのと同様であろうか 。 恥ずかしい話 、 砲と迫の違いもよくわからず 、 迫撃砲は砲なのか迫なのかと悩んでいた 。 ここまでくると 、 語学の素養 とは別次元である 。 自衛官として猛省させられた次第である 。

他方 、 海上自衛官でよかったと思うこともあった 。 というのもバグダッドで話しかけてくる米軍人の多くは 日本に勤務したことがあるという 。 陸軍ならば沖縄 、 座間 、 海軍は横須賀 、 厚木 、 空軍は三沢 、 海兵隊は沖 縄 、 岩国といずれもこれまでの勤務地あるいはその近傍である 。 そのため 、 いわゆるローカルな話で親近感 が増し 、 会話が弾むことも多かった 。 私自身 、 遠洋航海は勿論 、 月並みではあるがこれまで護衛艦で1回 、 航空隊で1回 、 計2回の派米訓練に参加し 、 ハワイ 、 サンディエゴへの寄港や 、 ウィッビーアイランド基地 やカネオへ海兵隊基地に滞在させてもらった 。 日米候補生交換行事では呉から横須賀まで米艦艇に乗艦し操 艦訓練等をさせてもらったり 、 沖縄勤務の時には2週間に亘って原子力潜水艦に乗艦し 、 対潜訓練を研修さ せてもらったりもした 。 日米共同使用の厚木基地で2年間 、 渉外幕僚として勤務もした 。 特にこの勤務は9 . 11テロを経験し 、 それまでの自衛隊の整備に関する考えが一転 、 基地運用が全て対テロのフィルターを通 して行われるようになったことを目の当たりにした 。 今 、 こうしてバグダッドに立っていると 、 このときに 経験が 、 今に繋がる大きな時代の流れの中にあったのだと考えている 。 このように 、 私の勤務歴において学 生期間を除いては常に米軍と隣り合わせで勤務し 、 沢山の経験をさせてもらった 。 こうした廻り合わせは海 上自衛官の方が多いのではと考えている 。 そして 、 これらの貴重な経験に感謝している 。

さて 、 今次派遣では陸自部隊の一員として勤務した 。 これによって 、 これまで漠然と捉えていた陸上自衛 隊がより身近に 、 具体的な組織として私の意識に映るように ってきた 。 残念ながら同じサマーワの釜の飯

べることはできなかったが 、 600分の1の末席を汚す 許され感謝している 。 そして自分なりに は仲間意識も芽生えている 。 時あたかも 、 自衛隊は統合運用態 移行し 、 より機動的 、 効率的に部隊運用 がなされるようになった 。 今後は 、 陸海空が協同して任務を遂行することが当然となった 。 その際 、 親しく 話し掛けてくる米軍人に代わり 、 今度は私が “ イラクに派遣されたことがある ” と陸自隊員に話し掛ける番 であると考えている 。 勿論 、 “ 自分は○次群だった ” という答えが返ってくることを楽しみにしている 。